はじめに
免許を取ったばかりの頃、車で向かう場所には、少し特別な意味がありました。
ただ走るだけでうれしかったし、行ける場所が増えたことそのものが、ひとつの出来事だったように思います。
そんな頃、よく向かったのが、13号地でした。
今でこそお台場という名前のほうが先に浮かびますが、当時の私にとっては、まだ「13号地」と呼ぶほうがしっくりくる場所でした。
13号地と呼んでいた頃
あの頃の13号地は、いまのように完成した街ではありませんでした。
広くて、少し空白があって、これから形になっていく途中の湾岸エリアという印象が強かったように思います。
首都高速湾岸線や周辺道路が、いまのようにお台場へ行く前提の景色として完全に定着していたわけではない時代でしたから、
車で向かうこと自体に、今とは違う感覚がありました。
整った都市の風景というより、まだ余白のある場所へ自分でたどり着く、その感じが印象に残っています。
車で通った湾岸の記憶
運転に慣れ始めたばかりの頃、13号地へ向かう道は少し背伸びをするような時間でした。
それでもハンドルを握って向かうと、到着しただけで小さな達成感がありました。
その頃の相棒は、中古で手に入れたシビックでした。
もちろんマニュアル車で、免許を取って自分で買った最初の車として、ハンドルを握るたびに少し背筋が伸びるような感覚がありました。
13号地へ向かう道は、その車と一緒に始まった自分の時間でもありました。
景色は派手ではなくても、海の気配や広い空、道路の抜け感が心地よかったのだと思います。
何かを見に行くというより、車でそこにいること自体が楽しい。
そんな場所でした。
『踊る大捜査線』と重なっていく場所
のちに『踊る大捜査線』が始まり、さらに映画として広がっていくと、
この湾岸の景色は、作品の空気と少しずつ重なって見えるようになりました。
『踊る大捜査線』は、1997年の連続ドラマから始まり、映画へと広がっていったシリーズです。
湾岸という舞台の印象は強く、あの場所の持つ独特の空気とよく似合っていました。
私にとっては、作品を知る前から13号地で過ごしていた時間があり、
そのあとで『踊る』の世界が重なったことで、場所の記憶が少し特別なものになっていきました。
いま振り返る13号地
今のお台場は、当時の13号地とはかなり違います。
街として整い、観光地としても知られるようになり、湾岸の景色も大きく変わりました。
けれど、私の中では、あの頃の余白のある風景が今も先に浮かびます。
そこへ、長く愛されてきた『踊る大捜査線』の復活が重なります。
シリーズの新作『踊る大捜査線 N.E.W.』は2026年秋公開が予定されており、青島が再び戻ってくることが大きな話題になっています。
そのニュースを聞くと、13号地へ向かった昔の時間まで、少しだけ一緒に戻ってくるような気がします。
まとめ
映画は、スクリーンの中だけで終わるものではありません。
ときには、若い頃に車で通った場所や、まだ名前の感触が違っていた土地の記憶と結びついて、長く残っていきます。
13号地は、私にとってそんな場所でした。
『踊る大捜査線』を待っていた時間と、免許を取ったばかりの頃の景色が重なって、いまも静かに思い出されます。
映画を待つ気持ちは、場所の記憶と結びつくと、少し長く心に残る。
13号地は、そのことを思い出させてくれる場所でした。


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