いつものように、新横浜駅直結のキュービックプラザ新横浜へ足を運んだところ、思いがけない光景に出会いました。8月28日(金)の夕方、月に一度ほど立ち寄っていた「お菓子の太子堂」のシャッターが、下りていたのです。
店頭には一枚の貼り紙がありました。「都合により、当店は8月16日(日)<18時予定>をもって営業を終了させていただくこととなりました。永年ご愛顧いただき、感謝申し上げます。」――そう書かれていました。
見慣れない海外パッケージのお菓子から、どこか懐かしい定番まで、所狭しと並び、棚を端から端まで眺めながらどれにしようか選ぶ時間が、ちょっとした楽しみだったお店でした。まさか、その楽しみが8月16日にはすでに終わっていたとは、思いもしませんでした。
そういえば、と思い出したことがあります。自営で製造業を営んでいた頃、工場の中でもトラックを運転している時も、ラジオはいつも点けっぱなしでした。ニッポン放送だったでしょうか。高嶋ひでたけさんの「お早よう!中年探偵団」、玉置宏さんの「笑顔でこんにちは」、「ラジオビバリー昼ズ」、笑福亭鶴光さんの番組、上柳昌彦さんの番組……番組名も記憶もすっかり混ざり合ってしまっていますが、そのどこかで、太子堂のCMが流れていたような、かすかな記憶がよみがえります。当時ラジオから流れていた曲との思い出は、以前「十一年ぶりの連休を、あの曲の船で ―マリンルージュに揺られて」という記事にも書きました。ラジオがそばにあった、あの頃の時間をふと思い出させてくれるお店でもあったのだと、今更ながら気づかされます。
気になって調べてみると、少し寂しい事情があったようです。運営会社の株式会社太子堂(東京都千代田区)は、経営を続けることが難しくなり、2026年7月31日に東京地方裁判所へ自己破産の申し立てをされたとのことでした。負債額は6億8800万円ほどと伝えられています。
「お菓子の太子堂」のルーツは、1954年に東京都世田谷区太子堂で創業した駄菓子店「太子堂菓子店」にあるそうです。当初は城南地区の路面店を中心に展開し、その後は東京・神奈川のターミナル駅ビルへと出店戦略を広げていったといいます。70年以上前の駄菓子店から始まり、時代とともに姿を変えてきたお店だったのですね。新横浜店も、その広がりの中にあった一店舗だったのかもしれません。
なお、報道によれば、上大岡・大船・平塚の3店舗については、米菓メーカーの株式会社美濃屋あられ製造本舗(横浜市)が運営を引き継ぎ、営業を継続する見込みとのことです。新横浜駅を使わない方であれば、これらの店舗であの品揃えを楽しめる機会が、まだ残っているようです。
また一つ、新横浜の駅ビルから馴染みの棚が消えました。「永年ご愛顧いただき、感謝申し上げます」――貼り紙のその言葉を読みながら、こちらこそ、というような気持ちになりました。


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